認知症ケアの現場では、楽しいことやあたたかい関わりだけではなく、感情が大きく揺れる瞬間もあります。
うまく関われない苦しさ。
思わず強い言葉を返してしまった後悔。
「どうしたら安心してもらえるのか」を考え続ける日々がありました。
感情が大きく揺れる関わり
認知症の症状の特徴として、言葉や感情が短い時間で大きく変わることがあります。
ある時、「お前の顔なんか見たくない、死んでくれやー」と強い言葉を向けられたことがありました。
転倒リスクのある方だったこともあり、心配しながら関わっていましたが、その時は自分も感情的になってしまい、「じゃあもう知りません!」と部屋を出てしまいました。
廊下で深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、「やっぱり心配だな」と思い、もう一度居室へ戻りました。
すると、その方は先ほどの怒りが嘘のように、笑顔で、
「おねぇさん別嬪じゃのー、結婚しよーやー」
と笑って話しかけてくださったのです。
ほんの数分前まで強い言葉を向けられていたとは思えないほど空気が変わっていて、戸惑いながらも、認知症ケアの不思議さを強く感じた瞬間でした。
他のスタッフがトイレへの声かけをしていた際、リビングから大きな拒否の声が聞こえてくることもありました。
様子を見に行き、代わって声をかけると、それまで強く拒否されていた方が、「いこいこ!」と笑顔で立ち上がり、一緒にトイレへ向かえたこともあります。
逆に、自分ではうまく関われず、他のスタッフに代わってもらうこともありました。
その時の声かけや関わり方だけではなく、関わる人が変わったり、少し時間を空けたりすることで、気持ちが一瞬で変わることもありました。
さっきまで強く拒否されていたことが、数分後には笑顔で受け入れられる。
逆に、普通に話していたと思ったら突然怒りが強くなることもあります。
その変化に戸惑いながらも、「この方は今、どんな気持ちなのか」を考え続けることが、認知症ケアの難しさであり、奥深さでもありました。
うまく関われない苦しさ
何をしても拒否され、どう関わればいいのかわからなくなる日もありました。
他のスタッフに対応をお願いしながら、「自分の関わり方が悪いのではないか」と悩むこともありました。
その中でずっと考えていたのは、「どうしたらこの方にとって安心できる関わりになるのか」ということでした。
認知症ケアには、“これが絶対に正しい”という正解があるわけではありません。
その時の表情や気持ち、その日の状態、人との相性によっても反応は大きく変わります。
だからこそ、その方にとって少しでも安心できる関わり方を、その都度考えながら、“成解”を探し続けることが大切なのだと感じていました。
忘れられない後悔
水分をすすめた際、顔に水をかけられてしまい、思わずきつい言葉を返してしまったことがあります。
あとから謝りに行くと、その方は「なんであんたが謝るんね?」と言われました。
その言葉を聞いた瞬間、涙が出ました。
その方にとっては、「今」を積み重ねながら生きておられるのに、自分はその“今の一場面”を嫌な空気にしてしまった気がしたからです。
もっと丁寧に関われたのではないか。
もっと違う伝え方があったのではないか。
今でも忘れられない場面の一つです。
不安と責任の中で
「帰る」と言われ、一緒に長時間散歩した日もありました。
気づいた時には外へ出て行かれていて、必死に探し回ったこともあります。
探し回った末、その方は昔長年働いておられた職場の前で、大きな荷物を抱えながら座り込んでおられました。
疲れ切った様子でそこに座っておられる姿を見た時、ただ“出て行った”のではなく、その方の中には今も仕事への責任感や、長年積み重ねてきた人生が残り続けているのだと感じました。
見つかった安心感と同時に、その方が歩んできた人生の重みのようなものに触れ、自然と尊敬の気持ちが湧いてきました。
それでも残る感情
うまくいかないことや、思わず強い言葉を使ってしまうこともありました。
それでも、その方なりの関わり方や気持ちの表現を受け取りながら、関係を続けていく時間がありました。
認知症ケアの現場は、楽しいだけでも、苦しいだけでもありません。
怒り、戸惑い、後悔、涙。
さまざまな感情が混ざり合いながら日々が過ぎていきます。
それでも、その揺れの中には、その人らしさや、人と人との関わりの深さが確かにありました。
今でもあの時の感情は、自分の中に残り続けています。